多和田訓練士が語る「盲導犬の訓練って?」:公益財団法人日本盲導犬協会公式ホームページ

読み上げブラウザ用メニュー

メインメニュー

このページの本文へ
以下は通常ブラウザ用のメインメニューです。


寄付・入会する

MENU

寄付・入会する

トップページ > 多和田訓練士が語る「盲導犬の訓練って?」 > 第5回 「視覚障がい者」~私の出会った自分の方法で“みて”いる人達

公益財団法人日本盲導犬協会

多和田訓練士が語る「盲導犬の訓練って?」

公益財団法人日本盲導犬協会理事
盲導犬育成統括責任者

多和田 悟

プロフィールはこちら

日本盲導犬協会の使命

(犬を含め誰の犠牲の上に立つことなく)
目の見えない人、目の見えにくい人が、
行きたい時に、行きたい場所へ行くことができるように、
私たちは、安全で快適な盲導犬との歩行を提供します。

この使命を達成するために我々職員は協会の活動を支援して下さる人や企業、団体と共に盲導犬を育成し、視覚に障がいがあるために歩行に困難を感じておられる方々に歩行指導を行っている。
カッコで括った「犬を含め誰の犠牲の上にも立つことなく」の「誰」とは具体的に誰なのであろうか?本企画ではそれを紐解きながら、日本盲導犬協会が目指す盲導犬育成事業についてシリーズでお伝えしていきたい。

プロフィールはこちら

第5回 「視覚障がい者」~私の出会った自分の方法で“みて”いる人達

見えない、見えにくいと日常生活を営む上で見ている人達とは様々な面で違いがある。大多数の人達が見える前提で社会生活を営んでいる中で、少数派の見えない見えにくい人たちは本来あるべき配慮からも漏れていることが多くある。具体的に見えない、見えにくいための不便だけが見えない人達を生きにくくしているのではなく、見えない見えにくいために配慮が必要であることの理解が足りていないために起こる困難のほうが解決は難しい。

例えば少数派であるために気が付いてもらえない事柄や、個人はそれぞれに考えや感じ方を持っているのに“視覚障がい者”と一括りにされて自分が望むような生き方をしづらい方々は大勢おられると思う。見ることは手段である、と考えれば目的にさえ叶えば視覚を使って見ること以外に“みる”方法はあるのではないだろうか。視覚によって見ることそのものが目的になってしまった時、視覚によって見えない事は目的の喪失を意味する。目的がかなわないと思った時、目的の向こうにある希望や自分の歩んでいる自らの人生の意味さえも希薄になってしまう。この時、見ることはあくまで手段であって目的は見てどうするか、どう感じるかであるならば見る方法以外の手段で“みる”ことが出来ると思う。

私は現に見えない、見えにくい世界の中で生きておられる多くの方々が他の方法で“みて”自分の人生を楽しんでおられる姿を見る特権を与えられているように思う。社会が見えない、見えにくい人達に見る以外の“みる”喜びにこたえられるような配慮がされた時に大多数の見える人達の中で生きる少数派の悲哀を味わわなくて済む社会が作られると考える。白杖での歩行や盲導犬を使う歩行を選択された時、それはただ行きたい時に行きたいところに行けるようになるだけではなく自らの選択を実行する意思決定権を持つ人間として自らの人生に責任を持つ一人の市民がそこにいることを意味する。見えない、見えにくいために自分のやりたいことが出来ない社会はまだ成熟した社会とは呼べないし潜在的な有能な人材を有効に生かし切れていない可能性が大いにあると考える。

見た経験を持たない若しくは見た記憶を失くしている視覚障がい者との出会いで忘れられないのは私の「見えるとしたら何を見たいですか?」という質問に「特にない」と答えられた時のことである。私は“百聞は一見にしかず”という考え方に支配されていたためにしつこく「親ですか兄弟ですか、何かの景色ですか?」と尋ねた。彼女は「本当に何もないのでその質問は困る」と返してこられた。私は彼女の“困る”という発言に興味を持ち「どのように困るのですか?」と聞くと「いま、多和田さんが見えなくなるのと困るでしょう。それと同じくらい困ります」と答えられた。彼女は視覚ではない方法ですでに“みて”おられたのであった。忘れられない私を変えた言葉であった。

私がオーストラリアで生活をしていた時に訪ねて来られた視覚障がい者は、見える人がカメラやビデオでその時の感動、喜びを記録するようにその時の状況を録音をされていた。見える人達が旅行の後に写真でその時に戻り喜びを振り返るように、録音の再生によって喜びを振り返られるのである。その方の家の玄関にはその時にフリーマーケットで買った金属製で人が振れることで音の鳴る何本もの管で出来た鳴子のようなものが今もかかっているという。その音を聞くたびに今は亡き奥様と一緒に来られたオーストラリアでの思い出が蘇っているのだと思う。それは見える人が写真やビデオで思い出に浸る事と目的を同じである。方法が違うのである。

自らの視覚機能に制限がある人たちが白杖で環境を触れながら確認したり、犬の視覚機能を使う盲導犬の歩行を自らの視覚機能の補完、代替として利用することを受け入れその技術を習得した時に、その向こうにある目的に向かって進むことが出来るのだと考える。

多和田 悟 プロフィール

1952年、滋賀県出身。青山学院大学文学部神学科を中退し、1974年 日本盲導犬協会小金井訓練センターに入所。富山県支所を経て1982年から(財)関西盲導犬協会訓練部長に。1987年、映画やドラマになったクイールを訓練。1995年にはオーストラリア・クイーンズランドにある盲導犬協会にシニア・コーディネーターとして招かれる。帰国後、関西盲導犬協会シニア・コーディネーター、2004年から日本盲導犬協会盲導犬訓練士学校教務長、2012年協会理事に就任。国際盲導犬連盟のアセッサーとして世界各国の盲導犬施設を査察、国際の舞台でも活躍。

写真:皇太子さま皇太子妃雅子さま
神奈川訓練センターご視察

写真:ノルウェーで盲導犬を育成する
長年の友人トール・サナムさん

写真:2012年に行った
「渋谷ハチ公
盲導犬パレード」

ページの見え方を切り替えるメニュー

ページのトップへ戻る
ページのトップへ戻る