第11回 【震災を振り返って③】 地震が起きたその時 〜仙台駅〜:公益財団法人日本盲導犬協会公式ホームページ

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第11回 【震災を振り返って③】 地震が起きたその時 〜仙台駅〜

【震災を振り返って③】 地震が起きたその時 〜仙台駅〜

仙台訓練センター
リハビリテーション事業部 笹山

3月11日のあの瞬間、私は仙台駅の地下鉄改札口付近にいました。
午後の訓練予定のMさんと3時に仙台駅地下鉄改札口で待ち合わせをするはずでしたが、2時30分頃にMさんから連絡があり、時間を早めて欲しいとの事でした。すでに仙台駅付近にいましたので、2時40分頃に地下鉄改札付近に着きました。
すると、Mさんが改札から出て来てトイレに行かれたので、トイレの入り口付近でMさんを待っていました。しばらくして、聞きなれない音が携帯から鳴り出しました。マナーモードになっていなかったかと思い、慌てて携帯を取り出すと、緊急地震警報・・・。「えっ」と確認したと同時に強い横揺れが始まりました。すぐに、トイレに駆け込むと、ちょうどMさんが洗面所付近にいたので声をかけ、手を取って二人で揺れに耐えていました。横揺れが続き地上でガシャーン、ガタガタッ!と音が鳴り響いていました。揺れが治まると一瞬暗くなり、非常灯が点灯しました。地下では静けさの中で駅員たちが走る音だけが聞こえていました。電話はまったく通じないので、私たちは地上に出ることにしました。
この時、娘たちの安否が判らず本当に心配でたまらなかったのですが、なんとか神戸の実家を経由して連絡が取れ、主人と娘たちの安否が判りました。少し安心できたので取りあえず次の行動に移れたように思います。

地上に出ると仙台駅前駐車場には、JR仙台駅構内に居た人々がたくさん避難していました。タクシー乗り場の方向からは煙が上がっていて、これがいつもの仙台駅かと目を疑いました。まずはMさんを送り届けなければならないと思い、協会車両に乗り込みました。駐車場は多くの人で混雑しており、余震の不安もあったため、様子をみてゆっくり出ようとしたところに若い女性が倒れているのが見えました。大丈夫かと声をかけると病院へ連れていって欲しいとのことでしたので、女性の職場の男性を一緒に乗せ、市立病院へ向かいました。停電で全ての信号が止まり車はなかなか進まず、本当にもどかしかったです。なんとか病院に到着し、Mさん宅に向かうことにしました。

そこで改めて街中の様子を確認しました。街中は人で溢れており、異様な感じがしました。阪神淡路大震災も体験していた私は、揺れの割には神戸の時と比べると意外と建物が倒れていないな、と感じました。さすが地震が予測されていた地域だから耐震対策が出来ていたのか、と感心しながら運転していました。外では雪がちらつき始め、バス停では来そうにないバスを待つ方も多くいて、そのほとんどがご高齢の方でした。そんな周囲の状況をMさんに説明しながら走り、ラジオから流れてくる津波警報を聞いていましたが、被害がそこまでひどくなるとは想像できていませんでした。

道路は大渋滞で、駅から20分で到着するはずのMさん宅に、なかなか辿り着けませんでした。午後8時、あと5分程でMさんのご自宅!というところでラジオがとぎれとぎれになったと思ったら、交差点手前で車のバッテリーがあがってしまい停止。まったく動かなくなってしまいました。「えー!!!そんなアホなっ!うそやー!」と思いながら携帯で職場に連絡しようにも、なんと携帯のバッテリーも残りあとわずか・・・。センターの職員に「○○付近でバッテリーが上がり止まってしまった。」とだけメールを送信しました。
街の人に助けてもらって歩道に車を上げて、JAFに電話をしました。しかし、やはりつながる訳もなく、諦めかけた時、やっとつながり、「どうしました?」という女性の声を聞くか聞かないかのところで、携帯の充電が切れてしまいました・・・。そのタイミングはまるで映画のようでした。こんなことってあるのかと途方にくれていると、空きタクシーを発見、Mさん宅へ向かいました。Mさんを送り届けたところ、ご家族がブースターケーブルを持っているとのことだったので、そのケーブルをお借りすることとして、交差点に止めた協会車両まで送っていただきました。
すると、見覚えのある車が出発しようとしていました。そうです、協会車両でした。職員が私の最後に出したメールを読んで、助けに来てくれたのでした。私が見当たらなかったので、周辺を探しに行こうとしていたところだったようです。私はすぐさま車を降ろして頂き、「待ってくださーい!!」と叫びながら協会車両をたたきました。車が停止し、「これで、やっと帰れる・・・。」本当に体から力が抜けた瞬間でした。

無事センターに戻ることが出来たのは夜の10時過ぎ。いろんな方に助けられての帰宅でした。センターに着くやいなや「ママ〜!!」と娘たち。保育園から避難して待っていた娘たちを抱きしめ、今までにない安堵感に包まれた瞬間でした。

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